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Bichito accoのスペイン大爆走

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念願かなってスペインに渡ってはや8年目。日々のドタバタ劇をありのままに綴っています。

カテゴリ:2007年日本帰省( 9 )

冬休み en Japon 10 最終章

1月6日、3賢者の日 この日は、イエス様に贈り物を届けにきた三人の賢者たちが良い子にしていた子供たちにプレゼントを持ってきてくれる日です。そう、スペインのクリスマスは12月25日からこの1月6日まで続くのです!

そんな話に全く関係はありませんが、まさにその日、私は日本を出発し再びスペインにもどりました。

朝早くから、関空特急「はるか」にのって一路関西国際空港へ。
その「はるか」の中で、なんとバルセロナ仲間のY姉を発見。
年末から忘年会、新年会ネタでメールがびゅんびゅん行き交っていたというのに同じ時期に帰国だとは知らなかった。すごい偶然。

ちなみにY姉は大学時代の先輩(学校は違うけど)。バルセロナに留学してる・・・ってとこまで知ってたけど、それから大学時代のメンツで集まる事も減り、全く連絡もとっていなければ情報もしらなかった。そんなY姉と、昨年バルセロナ市内の某日本食レストランで10数年ぶりに再会!これこそすごい偶然でした。

さらに余談ですが、同じ大学の同級生にも卒業以来10数年ぶりにバルセロナ市内の道でばったり再会。これもすごい偶然。

さて、そのY姉と関空に着き、おなじみバルセロナ仲間のWちゃんとも合流。
でも、超満員だった機内、隣同士に座ることはできず縦に3人並んで座りました。

そんな機内でまたもや私におそいかかったハプニング!?

Y姉とWちゃんが「早速お酒飲むでー」と言っていたので、私もマネをして最初の食事のときに無理して白ワインを注文したのです。でも、特別おいしいと思ったわけでもなく、でも残すのはなんか嫌だなと、半ば無理やり最後まで飲み干した私。

その直後、、、一気にきちゃいました。
突然気持ち悪くなって、一瞬にして血の気がひいて、脂汗が出てきて・・・・・・・・・

すぐさま席をたったのですが、通路は混雑。立つと、さらに血の気がひいて、目の前真っ白の貧血状態になり、フラフラしながら、通路にいる客室業務員さんを押しのけWC付近に向かいました。

昔からお酒を飲んだ後、こういう症状になることはよくあったので慣れているとはいえ、これがまた辛いんです。とにかくしゃがんでいるしかない。WCとパントリー付近の狭いところでずっとしゃがんでいたのでこれまた乗務員の人に邪魔モノ扱いされましたが・・・こっちはそれどころじゃないんだーと、気分がなおるまでそこに居座っちゃいました。

疲れ、睡眠不足、空腹、気圧の異なる機内・・・こんな条件の中、もともとお酒が強くない私が無理してワインなんか飲んだからですね。 おかげ様で、その後徐々に回復しましたが、ここでもまた誓いました。

「二度と機内でアルコールは飲まないぞ」 と

さて、今回の帰国はオランダ経由。オランダからバルセロナに向かう飛行機の搭乗口でもまたまた会ってしまいましたよ、バルセロナで顔見知りの男性1名、女性1名に。
結局、合計5人の知り合いが同じ便での帰国だったわけです。これもすごい偶然。

これにて、私の2007~2008年末年始日本滞在日記、終了です。
ダラダラ書きすぎて、くどかったですね。
ローカルネタ、内輪ネタがかなり多かったですね。
大変失礼いたしました。

それでもここまでお付き合いくださってどうもありがとうございます!
1月中に書き終えられてよかった!と本人は一人で肩の荷がおりた気分になっております。

次回からは、再びバルセロナ日記に戻りたいと思います。
又のご訪問お待ちしております!
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by acco-esp | 2008-02-01 05:08 | 2007年日本帰省

冬休み en Japon 8 初詣

2008年1月1日

新しい年の始まりです。
毎年わたしは、元旦の0時、つまり新年を迎える瞬間が大好きです。
なんだか気分がリフレッシュされて、「がんばるぞー」と思えるから・・・。

ただ、大みそかに家に居るのは退屈でおもしろくないからと、大学に入ったころから大みそかは夜から出かける事が多く、元旦にまともに早起きして、家族でおせち料理を囲んで・・・という記憶があまりありません。もともとおせち料理はあまり好きではないし。

今年は4年ぶりの日本でのお正月だったのでさすがにそんなに朝寝坊するのもどうかと思い、そこそこに起きてお雑煮を食べました。
そして、そのあと面倒くさがる両親を説得し、初詣のため地元で「お多賀さん」の愛称で親しまれる「多賀大社」に向かいました。

家を出る時から、どんより広がっていた雪雲。
ちょうど私たちが神社についたころから雪が舞い始めました。

やったー。やっと降った~。ホワイトニューイヤー!?
久々に積もった雪みたいな~、積もるといいな~♪と子供のようにウキウキしていたのは多分私だけ!?

神社の境内は、正面から入ってちゃんと鐘をならしてお賽銭を入れてお参りしたい人達で長蛇の列。しかも雪が降り始めたので、傘をさす人が増えさらに混雑。両親は、「もう寒いし、はよ帰ろう!」やる気のない事をいい、「ええやん、もう横から参りしよ」といって並ばず、横からお賽銭の遠投をし、お参りして、お守りを買って帰ってきました。
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帰り道、屋台の誘惑にまけ広島焼きを購入。キャベツたっぷりでおいしかったです。さらに、この神社のある多賀の名物「糸きり餅」を購入。これにて2008年の初詣終了!

今年もどうぞよろしくお願いいたします。
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by acco-esp | 2008-01-30 08:26 | 2007年日本帰省

冬休み en Japon 7 年越し

怒涛の10日間を終え、一気にペースダウンした私。

といっても、地元でなんやかんやとしていたので結局のんびりできたわけではない・・・。
しかも家では、母の年賀状作り、のし袋の表書きなどなどちょこちょこ内職的用事を頼まれ・・・。そうこうしている間に迎えた大晦日。

夕方、はやりの歌などわからないので見ても仕方ないと思いつつ、なんとなくレコード大賞をみる。レコード大賞をとったコブクロの蕾。帰国後、やたら何度も聞いたので、すっかり好きになってしまった。この歌を聴くと、2007年年末の帰国を思い出すんだろうなっていうくらい。

そして、とりあえず紅白をみると、けっこうナツメロやないですか。
米米の浪漫飛行、あみんの待つわ・・・懐かしくて聞き入っちゃいました。その後、ゆく年くる年のボーンボーンという鐘の音を聞きながら、細々と2008年へのスタートを切りました。

(余談)
大晦日の日、通常我が家ではにしんそばを食べるのですが、なぜか母が手作りのちらし寿司を私に食べさせたいといい、夕方からせっせとちらし寿司を作ってくれました。それを食べた後、父のリクエストで、コーヒーブレイクをしてしまったため、おソバを食べるタイミングを失い(みんなお腹いっぱい)年越し蕎麦を食べずに年を越してしまいました。おソバは元旦の昼食に年越したそばとして食しました。
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by acco-esp | 2008-01-29 07:04 | 2007年日本帰省
27日(木)

帰国してから毎日毎日外出していた私。ようやく今日は朝寝ができる?と思いつつも、母の「年末雪降るらしいから、それまでに窓ガラスと網戸の掃除してしまわな。明日は早く起きて窓掃除やで」という言葉に、帰国してお世話になりっぱなしの私はさすがに文句など言えず、「はい。わかりやした」と、早起きし朝から家じゅうの窓ガラス磨きを担当しました。

思い起こせば、小学校時代から年末大掃除といえば窓掃除を担当させられていたなぁ。小さい時は(今も小さいですが、もっと小さかった)窓の桟の掃除。中学校くらいになると(あまり身長はかわってないけど)窓磨き担当にも任命され、、、ウン十年ぶりに大掃除に駆り出された感じです。

スペインでは年末だから大掃除するとか、すす払いするとかそういう習慣がないしので、日本の年末の慌ただしさも妙に懐かしく感じました。でも、すぐに疲れてしまいましたけどね。
それでもなんとかノルマは果たし、夕方から中学からの同級生Kちゃんと待ち合わせ。
大学入学と同時に地元を離れた私ですが、帰省すると必ず会っていたのがこのKちゃんとMちゃんという2人。当然今も、帰国すると必ず会います。

日本にいても、京都や大阪に住んでいて長く地元を離れていたけれど、どこに住んでいても我が故郷は「私には帰る場所がある。」「帰って会いたい人がいる」と思える場所なのです。それは彼女たちがいてくれて、いつ帰っても私を迎えてくれるからなのです。ありがたい事です、ほんとに。

さて、待ち合わせが中途半端な時間だったので、お茶したら晩御飯食べられなくなるなぁ・・・と話し、5時半から早速夕食を食べに行きました。スペインでは5時半なんておやつの時間です。日本の外食産業事情に少し疎くなってる私は「こんな時間からお店開いてる?」なんて心配してしまいましたが、もちろんお昼からノンストップで開いてたりするんですよね。

で、ここでも私の希望を聞かれ、出したリクエストが「トンカツ定食」
そこで向かったのが、彦根市の観光スポットの一つになっている、お城のそばにある古い街並みを再現した通り「夢京橋キャッスルロード」。
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その中にある定食屋さんに入って、みそかつ定食を注文。
サラダもたっぷり、おまけにご飯とお味噌汁がついて900円くらい?ユーロ高のスペインに居るとありえないほどお得な定食です。お味ももちろんGOOD.
ちなみに、そのお店の閉店時間は20時半でした。ちょっと早すぎる気もしますが・・・日本らしい、いや、田舎らしいと思いました。

早い夕食後は、だらだらと長居できる場所がいいねと、やっぱり行ってしまうのがファミレス。広いし、静かだし、なんでも食べられるし、安いし、ファミレスって便利。そこで、ドリンクバーと大好物のパフェを食べながら、しゃべり続ける事3時間以上!?
中学で同じクラス、そして高校では同じ部活にはいっていて通学もいつも一緒だったKちゃん。過去の話から現在のお互いの近況に至るまで話は尽きません。今は離れてしまってなかなか会えないけれど、それでも決して切れることのない友情。そんな彼女達の存在こそが、遠くから私を支えていてくれるのだと感じます。

これにて、怒涛の10日間終了でございます。
かなり、個人的で偏った内容の日記となってしまいましたが、自分への記録として書き綴らせて頂きました。でも、日本日記はまだまだ続きます☆

<国宝 彦根城>
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by acco-esp | 2008-01-26 11:16 | 2007年日本帰省
26日(水)
両親との一泊二日温泉旅行の翌日、高校時代の友達と会う約束をしていました。

迎えに来てくれた車に乗り込み、「さて、どこ行く?」
そこで提案されたオプションは二つ。

1.旨い松坂牛を食べに松坂にいく
2.旨い海の幸を食べに金沢にいく

北陸いってきたばかりだとはいえ、むしょうにイクラたっぷりのイクラ丼が食べたかった私は、「海鮮丼のおいしい店あるで」の一言につられ、「じゃあ、金沢」と答え、カーナビの行先が一路金沢に設定されたのでした。

松坂にしろ、金沢にしろ、今決めて今行く・・・って感じで手軽に行ける場所と思ってなかったけど、金沢まではあっという間(2時間もかかっていない)でした。

すぐに向かった先は、「近江町市場」

350年もの歴史を誇る市場だそうで、中には190件ほどのお店が集まり、金沢市民の台所といわれているそうですよ。
友達は、大学4年間をここ金沢で過ごしただけあり、あっという間に、行列のできる海鮮丼のお店に連れていってくれました。ちょうどお昼より若干早い時間だったので、外に並んでるのは5,6人でした。ラッキー♪ 外で待つこと20分くらい?中に入ってからもさら2~30分くらい待ってうまい具合に空腹の頂点になったころ、ありつけました究極の丼に!

特撰海鮮丼と迷いに迷ったあげく、最初からの欲求を優先し私が注文したのがウニ・いくら丼。
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友達が迷わず即答で注文したのが、特撰マグロ丼。
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もう、何も他に言うことはありません。「おいすぃぃぃぃぃぃ」の一言でした。いくらのプリプリ、もう最高!そして、味見させてもらったマグロ丼もまた超美味。こんなおいしい炙りマグロと、トロは食べたことがないっていうくらい、口に入れたとたん下の上でトロトロトロ~っととろけるんです。今度行ったら絶対特撰マグロ丼を注文しようと心に誓ったほどです。ほんとおいしかった。実は自分が頼んだうに・いくら丼より特撰マグロ丼のほうがおいしかった~。

金沢は超新鮮な魚介類がとっても安く手にはいるので、そこらへんにある回転寿司屋のお寿司もあなどれないそうです。友達は、「金沢でお寿司食べたら、他の町でお寿司食べようと思わへんで・・・」とまで言い切りました。ま、もちろん北海道などは別として・・・。
しかも一皿100円とか200円だなんて、もう驚き。単純な私は、「いいな~金沢。こんなとこに住んでみたい♪」と思っちゃいました。東京にも住んでみたいとか・・・ほんとに私は幾つになっても落ち着くことを知らないといいますか、ただのミーハーといいますか。

食べたあとは、軽く近江町市場を見学。

所せましと、蟹・蟹・蟹、タコ・タコ・タコ、、、、と新鮮な、しかも”どデカイ”魚介類が売られています。
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行き先も告げず家を出た私でしたが、思わず母に「今金沢来てるんやけど、なんか欲しいもんある?」な~んて電話してしまったほど。結局、購入したのはこれまたキングサイズの”ボタン海老”。私が食べたかったんですけどね。 家に帰って、食べましたけどむちゃくちゃおいしかったです。これもとろける甘さでした。

その後、金沢駅の駅ビルで母に頼まれた金沢銘菓(名前忘れた)を買い金沢をあとにし、次に向かった先はジャジャーン「松井秀樹ミュージアム」。
金沢から少し走って、石川県小松市の粟津インターをおりたらすぐです。

残念ながら松井秀樹ミュージアムの写真撮り忘れたのですが、なーーんにもないだだっ広い敷地に突然大きな洋風の館が建っているのを見たらそれが松井秀樹ミュージアムです。
中に入ると、松井選手の幼少時代の写真・ユニフォーム・作文から、星稜高校時代のユニフォーム・写真・記録そして、巨人時代、現在のヤンキーズでの大活躍の様子を一挙に見ることができます。

元々特にプロ野球ファンではないけれど、選手で誰が好き?と聞かれればイチロー・古田と答える私。でも、松井選手は、選手としての素晴らしさはもちろんのこと、大スターになってもうスレることなく、いつも謙虚でかつ誰に対しても礼儀正しいところがすごく好きで、影ながら応援しています。

本当にアっという間の一日旅行だったけど、これまた満喫できました。
金沢、今度はもっとゆっくり行ってみたいものです。
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by acco-esp | 2008-01-26 10:36 | 2007年日本帰省
24日(月)~25日(火)

おおっ、”雨はよふけすぎに・・・雪へとかわるだろう・・・”♪
日本では若者たちがそわそわし出す、そうクリスマスイブ&クリスマスではありませんか。
そんなこと思いきり横においといて、大阪の余韻もさめやらぬまま両親と3人で温泉旅行に行って参りました!

そう、帰国前から「温泉行きたい温泉行きたい蟹食べたい蟹食べたい」を連発していた私の願いがかなったというわけです。

言うだけ言って、何も動かない私に代わり、なんと私が大阪に行ってる間に父が行先を決め、旅館を”ネットで”予約するというハイテクな事をやりのけてくれました。そんなにパソコンが使いこなせるようになってるとはかなりびっくり。お父さんすごいやん!!

行先は福井の芦原温泉。近場で、おいしい蟹が食べられて、温泉のあるところ・・・という条件にぴったり合った場所です。 車で行けばもっと近いのだけど電車で行くことにした私たち。電車の時刻だけは私が調べ、いざ駅へ!

日頃乗りなれたJRも、京都方面には行っても、岐阜・福井方面に行くことがほとんどないので、湖西線・北陸線もやけに新鮮。乗り換えが多く、待ち時間が長いのが曲者だけど、別に急いでいない旅には、このゆとりもなんだか楽しい!

途中、乗り換えのために降りた近江塩津駅。無人の小さい駅だけど、なんと外から見ると風情があっていいではないですか。
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駅の待合室のいすには、きっとどこかのおばちゃんの手作りらしき、色とりどり、柄いろいろの座布団が。なんだかほのぼのしますよね。 寒い中、自動販売機の缶コーヒーを飲むってのも、日本に居たら極普通だけれど、今回の私にとってはこれもまたプチ幸せなのでした。
(注)私は大の缶コーヒー好きでございました。

電車を乗り継ぎ、ようやく福井駅到着。新しくてとても綺麗な駅です。
そこから私鉄にのりかえ向かった先は「曹洞宗大本山永平寺」。
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今から約750年前の寛元2年(1244年)、道元禅師によって開創建された出家参禅の道場で、今も道元によって定められた厳しい作法に従って禅の修行が営まれているそうです。

普段、お寺巡りに全く興味のない私。「永平寺」も母方の祖母が行きたがっていたらしいとい事から名前を覚えていた程度。なぜ祖母が行きたがっていたのかというと、どうやらうちの宗派が曹洞宗だからなのだとか・・・。私はてっきり浄土真宗と思っていたけど。といってもその二つの宗の違いも関係もよくわからないのですが。今回は、その祖母の代わりに参拝してきたというわけです。
といっても、なにぶん目的地芦原温泉町行きのバスの本数が限られており、そのバスに乗る時間が迫っていたため、永平寺見学は足早にすませ、いざ温泉へ!

今回宿泊したのは「あわらグランドホテル」
ちょっと古い感はありましたが、なかなかよいホテル(旅館)でした。
畳の部屋に入るとおなじみのお茶セット発見。旅館に行って、部屋においてあるお菓子食べるの結構楽しみなのです♪

その後、早速温泉へ!個人的に、温泉は透明のものより秋田の乳頭温泉(白い)とか兵庫の有馬温泉(土色)みたいに色つきのほうが“温泉!!”って気がして好きなのですが、まあそこまで贅沢は申しません。大きな湯船で全身のばして、温かいお湯に入れるだけで幸せ。その上、お肌つるつる(たとえ一瞬でも)になるときたら、どの温泉でも問題なしです!食前・食後・翌朝と3回、たっぷり温泉を堪能いたしました。

そしてもちろんお目あての蟹も!!!
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この歳になって、両親におんぶにだっこ状態でお恥ずかしい限りですが、自分の財布をほとんど触ることなく(=重要)家族水入らずで短いながらも楽しい旅行でございました。お父様・お母様ありがとう
そのうち、必ずやスペイン旅行にご招待しますので、長旅に耐えられるよう健康に気をつけて体力づくりもしておいて下さいね! 
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by acco-esp | 2008-01-25 07:33 | 2007年日本帰省
気をとりなおして続き・・・

23日(日)
(朝)
Nちゃんと共に7時頃目覚める。さすがに3時間睡眠はキツイ。
体うごかへん・・・でも頑張って起き上がる。
Nちゃん、K君ご帰宅。
acco、泊めてもらったせめてもの御礼にと・・・台所とダイニングの後片付け。
勢いあまってガスコンロまで綺麗にしちゃいました☆
RonRonと軽く朝食をとったあと、一緒に梅田まで行きそこでRonRonとお別れし、次の待ち合わせへ。

(昼)
JR大阪駅にて某女子短大時代の友人くらくらと待ち合わせ、同じ短大時代の友人らぼのお宅へ。駅からはくらくらの持ってきた地図をたよりに、着いたマンションときたらまあ立派なこと。最近はポーチ付のマンションも多いのですね。中もとってもきれいでうらやましい限り。ドアをあけて迎えてくれたのはらぼR&愛犬ラボ&愛する息子のSHUNちゃん。

この2人+山形に住むネーコと出会ったのは19歳の春!?学校恒例行事「新島襄の墓参り」後に一緒に帰ったのが運のつき?あと、クラスの中で唯一第二外国語にドイツ語を選択したのがこの4人だったのも運のつき?(残りは全員フランス語選択)
それからかれこれ十数年の仲とは・・・月日のたつのは早い事。別の大学に入学し直した私は、結局その短大には1年しか行かなかったけど、変わらず友達でいてれくれ、今があることに感謝♪

その2人と会うのは3年ぶり。その間にらぼがお母さんになったなんてもう驚き。見るからに華奢ならぼが片手でSHUNちゃんを抱きかかえてて台所に立つ姿に、母のたくましさを感じました。SHUNちゃんを横に、お互いの近況報告などをしゃべりあった午後のひと時、とっても楽しかった~。お互い、周りをとりまく環境も仕事も何もかも違うけど、自分をしっかり持って人生歩んでるこのメンバーと会うといつも良い刺激を受けるのです。次会うときまで、お互い元気にがんばろうなぁ!!らぼ、くらくらありがとーね。

(夜)
再び梅田へ。元勤務先で知り合った素敵な人たちとの集まりに参加。
ドがつくほど懐かしい、梅田東通商店街を奥へ奥へとすすみ、指定の店に・・・・着くはずがどうも見落としたらしい。すでに遅刻だったので、無印兄さんに電話すると、ウルトラマンのようなスピードで迎えにきてくれました。中に入ると、鍋を囲んですっかり和み中の面々。職場を超えたいろいろな活動でお世話になった我が師さくみの親分にも久々に会え、一年ぶんのエネルギーをわけてもらいました。Tポンさんも、accoが帰ってくるのなら・・・と、大きなお腹を抱えてこの会に参加して下さいました。

まだまだ新入社員だった私が、担当していた仕事のおかげで「人にやさしい物づくりを!」をうたった「バリアフリープロジェクト」というものに参画できたおかげで、社内外できらきら輝いて生きている人達に出会うことができたのです。その出会いに心から感謝。これからも皆さんの生き方をお手本にしたいと思っています。

その後カラオケに行くものの、最終の新快速が22時台だという私のために、1時間そこそこで引き揚げ帰路につきました。

二泊三日の大阪滞在。超ウルトラ多忙スケジュールだったけど、会いたかった人たちに会え満足の三日間となりました。
私のために時間をさいてくれたみんな本当にどうもありがとう!!

つづく
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by acco-esp | 2008-01-25 05:59 | 2007年日本帰省
帰国した最初の週はそれはそれは大忙しでした。
3週間もあるしぃ~今回の帰国はちょっとゆとりあるかな?と思ったけど大間違い。

そんな私の帰国後10日間の生活を(簡単に)一挙大公開。

17日(月)
例のあれやこれやがあったものの(詳しくは冬休みen Japon 1をご覧下さい)無事我が町彦根に到着。

迎えにきてくれた両親とともにまず向かった先は市役所。
そこで転入届を出し、国民健康保険に加入し保険証を手にするため。
こうするととりあえず病院に行けますから・・・

その後、家に帰ろうとお城の周りにさしかかったところで新しい蕎麦屋発見。
「なんかお腹すいたなあ。おソバ食べへん?」と言って蕎麦屋に入りかけたところで、

母「外国に住んでる人が日本に帰ってきて最初に食べたいもんってラーメンなんちゃうん?」。

「あ、そうやった!」と私。

そこで
「うん、やっぱラーメンにしよ。おソバは大みそかに食べるしな。彦根かえってきたらとりあえず”をかべ”行っとかなぁ」

ということで、駅まで戻り、駅前にある我が町彦根ではちゃんぽんで有名なラーメン屋さんに行き、おいしいおいしい中華そば(なぜか私はちゃんぽんより、ここのシンプルな中華そばが好き)をいただきました。

18日(火)
朝から眼科へ。いつもは大阪に住んでいたときに行っていたコンタクトレンズセンター(コンタクトが安い)に併設した眼科でしか診てもらってなかったけど、そこの眼科は俗にいう3分診療の眼科。コンタクト作るためだけの検診って感じなので、今回はパス。というのも、なんとなく目の調子が悪かったのでちゃんと診てもらいたかったから・・・。

こっちがいろいろ説明すると、先生も割とちゃんと診察してくれ、特に異常はなかったので安心。続いてコンタクト用の度数を測ってもらうとやはりかなり視力が落ちていた。ショック!さらには、メガネも作るため(前にスーツケース盗られたとき一緒に盗まれたから)メガネ用の処方箋も作ってもらい無事帰宅。長かった~

夕方からは歯医者。ここは家の近所で母がいつも行ってる所。とても親切な歯医者さんが火曜日だけ勤務されており、いつも帰国前には事前に予約しているのです。今回は、大きな虫歯跡が一部欠けて、食べ物がつまりやすくなってたのでそれをまず治療してもらい、かつリテーナー(マウスピース?歯ぎしり防止。歯が擦り減らないように)の型とりをしてもらい帰宅。

夜、地元の仲良しメンバー二人と会うはずが延期

19日(水)
朝から、中学から仲良しの友達(振り返れば幼稚園から一緒なのだけど、その時はまだ友達ではなかった。)の都合に合わせ、8時半ごろから喫茶店でモーニング。相変わらず新ネタに尽きない彼女のトークに楽しく耳を傾けるaccoでした。

昼から地元で買い物するためぶらつくか、大阪まで繰り出してぼさぼさ頭をなんとかすべく美容院に行くか迷った挙句、何もせず家で手土産の整理をして、昼寝して終わり。

20日(木)
朝から母と神戸へ。母方の祖母のお墓参りをし、本当は三宮の”武蔵”というおいしいトンカツ屋に行きたかったのだけど、あまりの空腹に我慢できずお寺さんのある”兵庫駅”のパン屋で軽く昼食!?その後梅田まで戻り、着の身着のままで一切服を持って帰らなかった私の服を物色。。お決まりコースだった、大丸・阪急・阪神のデパートめぐりは断念し(今や身分が低く、手が届かない+スペインでは服がすぐ痛むのでいい服買うのはもったいない)、昔、わが庭であった地下街”ホワイティ梅田”をぶらつき、数点お買い上げ。
あ、でも阪神百貨店・・・地下だけはいきました。これもお決まり。ユーハイムのバームクーヘンと風月堂のゴーフルを買うために(=これは私用のおやつです♪)
帰る時間が微妙だったのだけど、お好み焼きが食べたかった私は母を促し、(お父さんごめんなさいねー)これまた梅田地下街にある「ぼてじゅう」にてモダン焼きとネギ焼きを食べ、満足して岐路につきました。

21日(金)
今日から二泊三日の大阪滞在。すごい荷物を抱えて朝から再び大阪へ。

(昼)
元会社のお友達まりりんと待ち合わせ。部署は全然違ったけれど、ひょんな事から白馬スキーツアーで一緒になり友達に。明るく、気さくで、さっぱりした実に気持のいい性格の持ち主。同い年なのに、私なんかよりずっと大人な感じがします。大阪のド真中に住む彼女、babyと一緒に駅まで迎えにきてくれました。本当に久々の再会で、彼女のかわいいプリンスにも会うことができとっても楽しい午後のひと時でした。これもmixiのおかげかも!?まりりん、あの日はありがとね。

(夜)
私のスペイン留学生活を語る際、なくてはならない存在であり、あのスペイン留学を共に過ごした時から、今の今まで笑いあり、涙ありの私の生活を全部知ってる、大切な友達まう(仮名)と待ち合わせ。
離れているけど、日本ースペインで一番メールのやり取りをしてるのは彼女なのではないかな?8時間の時差を感じない、すばらしいキャッチボールで(最近お互いちょっと滞ってるけどね)飽きもせずよくくっちゃべってる私たち(=いや、話を聞いてもらっている私)。待ち合わせは、彼女の仕事終了後、大阪駅のマツモトキヨシ前。

早くからその周辺を徘徊していた私は早々とマツモトキヨシへ。マツモトキヨシ前といっても、角にあり、入口が二か所あるのでどっちがいいのかわからないからとりあえず両方の入り口が見える場所で賢く待っていた私。すると、、、「ただいまから、○○の無料サンプルをお配りいたします。まずは整理券を配りますが、数に限りがございますのでお早目にお集りくださいませ~」の声が。初めは「ふ~ん」と横目で見ていた私ですが、だんだん欲が出て、無料サンプルがほしくなる。きょろきょろしたけど、まうはまだ来ない。うん、サンプルだけもらお~っと。とその場を離れ、整理券を手にする。。。。。しかし、すぐもらえるのかと思いきや、いちいち宣伝マンのお兄ちゃんの説明を聞かないともらえない。どうしようかなと思ったけれど、ちょうどそこからは大阪駅方面から階段をおりてくる人も見えるし、そっち見とけば大丈夫やろーとサンプルもらう集団の中に埋もれていたのでした。
眼だけはしっかり階段のほうを注目したり、うしろをきょろきょろ見てみたりとまうの到着を気にしていたのだけど、一向にみつからない。まあ、遅くなってるのだろう・・・と思って、電話して急かすのもなんだしと、そのままサンブル欲しいぞ集団の中で埋もれる私。待ち合わせ時間から15分くらい経過したころ、さすがに「遅いなー」「もしかして来てるかなー」と思いつつも、集団に埋もれ続ける私。そして携帯の音。「もしもしー、どこにおる?」「マツモトキヨシ、サンプルの説明してるとこ」といって、彼女に爆笑されながら、笑顔の再会をとげたのでした。

結局あまりにも説明がながいので3つのサンプルのうち2つだけを手に、まうの家に向かった私たち。(もっと早くあきらめろって!?)
夜は、チゲ鍋。まうの旦那さんとともに3人で仲良くチゲ鍋をつっつき、ぺちゃくちゃおしゃべりをし、旦那さまが先に寝室に向かったあと、知る人ぞ知る(誰も知らない?)acco promotion video in Barcelona のDVD鑑賞。(あまり深くつっこまないでください)本編1分半、NG集50分のボーナストラック付きで、誰よりも自分がウケまくりながら鑑賞。その後余韻に浸りながら就寝。久々に畳の上で気持ちよく眠れました~。

22日(土)
朝 まるで喫茶店のモーニングのような素敵な朝食をごちそうになり、 二人して梅田へ繰り出す。二人でする梅ブラ(二人の合言葉。訳=梅田をブラつくこと)は何年ぶりかしら?といっても時に行くあてがなかったので、JR東西線からのびるディアモール(地下モール、私はけっこう好き)をぶらつき、ヒルトンプラザでブランドショップをのぞき金額に気絶しそうになり、クリスマス前でカップルだらけのティファニーで妙に長居したりなんかしてみた。スペインでは、こういう綺麗なショッピングモールやお店に入る機会が皆無に等しいので、なんだかウィンドウショッピングしてるだけでウキウキしたaccoです。

そうこうしているうちにランチタイムになり、私のリクエストにより「五右衛門」のパスタを食べに。アルデンテというだけで怒られるスペインとは違い、日本では日本人にとっておいしいパスタが食べられるのだ!とプチ幸せ(イタリア人にとってはおいしくないかもね・・・)。そこでもあれやこれやとおしゃべり。あまりに外で並んでるので、そろそろ出ねばと、店をあとにし、お腹をへらすため梅ブラ続行。最後に、おいしいスフレチーズが食べられるお店で、cafeをし、まうとの楽しいデートは終了。今となってはいったい何の話をしていたのかわからなくなるけど。。。何もしてなくても一緒にいるだけで楽しいのがまうなのです。その昔、二人で淀川をチャリンコで散歩し、昼寝したこともあったっけ?

(夜)
梅田から阪急にのって茨城へ。元会社のメンバー+私の大学の同級生というメンツで、春はバーベキュー、夏はキャンプ、秋もバーベキュー、冬はスキー、単なる週末は飲み会+オールナイトカラオケと、実によく遊んだメンバーとの再会。
駅についたものの、家前の地図もってくるの忘れた私。リーダーRonRonに電話するが留守電。サブリーダーN君に電話しても留守電。あとの人の電話番号は控えてない。えーーーー、このまま駅で待ちぼうけ?途方に暮れながら、再度電話。やっぱり出ない。もぉー酔っぱらうには早すぎるしぃー。携帯聞こえへんほど騒いでんのかなぁ?などと思っていると携帯がなる。

acco「もしもし?」
RonRon「今どこ?」
acco「どこって、駅。さっきから電話してるのにー」
RonRon「え?俺らも駅やで」「あ、、、、、わかった・・・」

なんとほんの30歩先に我らがウィリアムズ(このメンバーの名前です。なぜこう命名されたのかは記憶にございません)のリーダー、サブリーダーが立っていたのであります。

N君「さっきからそこにいたん?」
acco「うん」
N君「じゃあ、俺らaccoちゃんの真ん前を素通りしてたみたい」
acco「涙」

でもあえてよかった。何々?私のためにわざわざ迎えにきてくれたん?
ええ奴やなー、二人とも・・・と思うまでもなく、二人は
「ちょうどSを迎えにきたとこやねん。もうすぐ来ると思うねんけど・・・・」
acco「あーーーーー、なるほどね。それはグッドタイミングだったわ」

そんなこんなでS君も到着し、RonRonの一人ではもったいないくらい広くて素敵なマンションへ。そこではすっかり、たこ焼きと鍋の用意がされており、懐かしいメンバー計10人+2名のJr.と楽しい酒盛りを繰り広げたのでした。
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今でも思います。あの会社に入って、このメンバーに会えてよかったなあって。私の日本での社会人生活の中で、彼らとの楽しい思い出は数えきれない写真と共に、今も大事に大事に心の中に残っています。みんな、結婚したり、子供ができたり、転職したり、海外に行ったり、バラバラになっているけれど、これからもこうして時々集まっては、楽しく笑えって語り合える仲間でいたいなーと思うのです。

(深夜)
家族持ちの皆様はそこそこの時間にご帰宅です。そこで残った独身メンバー2人+HAPPY婚約中1人+妻子いるけどその日は無礼講の1人で、近くのカラオケへ。
「とりあえず1時間」で入室したはずが、結局3時間近く4人で歌いまくったのでした。一人、今のはやりについていけない私のために、ジュークボックスのように私のリクエストに応えてくれたK君ありがとう!君のGlayにはやっぱりしびれます。Nちゃん、ドルフィンリングは杏里ほど上手に歌えなかったけど、わたしなりに心をこめて歌いました。幸せになってね。

ある冬のスキーからの帰り道、K君運転の車に偶然にもこの4名が乗っていたことが。そして、なぜだかアカペラでシャ乱Qのシングルベッドを歌い続けた私たち。間違えたらもう一度最初から・・・・で最後までちゃんと歌えるように、何度も何度も歌い続けたよね。たぶん、あれ運転手のK君残して眠ってしまわないように、みんなで歌って盛り上げてたんだったかな?それを思い出して、4人でシングルベッドも大合唱してきましたよ~。もう完璧でした!!練習のたまもの??? その日のカラオケはなんとRonRonのおごり。楽しかったわ~ほんまにほんまにありがとう!!その後、帰宅し4人仲良く(♂、♀別々に)眠りましたとさ。

後半に続く
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by acco-esp | 2008-01-24 07:00 | 2007年日本帰省
さて、忘れないうちに日本滞在日記をアップしようと思います。

(アクシデント1)
帰国当日、一緒に帰国する友達のWちゃんと共に重い重いスーツケースを預けたあと1階到着ロビーにあるla Caixa(一応大きな有名な銀行)のATMで日本に持ってかえる大金(私にとっては)をおろそうとしました。日本では収入がないので、日本の銀行に残ってるなけなしのお金を使いたくなかったのと、今はユーロ高だから換金率もいいし~という理由からです。

しかし、ATMに近づくとFuera de servicio(故障中)と書いてあるではありませんか。
その両隣には、BBVA, caixa catalunyaという別の銀行のATMが並んでいたのですが、2階出発ロビーにも一つla CaixaのATMがあることを知っていた私は、「手数料払うのもったいないから上でおろそう」とWちゃんをうながし、2階にいきました。

搭乗までまだ少し時間に余裕のあった私たち。
カフェテリアで朝食をとり、バルサオフィシャルショップで軽く買い物をし、少し早めに席をたちATMに向かいました。

予定では、

お金おろす→のんびりお店をみながら搭乗ゲートに向かう→悠々と飛行機に乗る

・・・はずだったのですが、そうはいかないのがここスペイン

まずWちゃんがお金をおろしました。何事もありません。
そして私。これ10年前の機種ちゃうん?と言いたくなるような年季の入った機械でしたが、操作はなんなく終了、カードと明細書まで出てきました。

で、、、
お、お、お金は?
そうです、〇〇〇ユーロおろしたのに、明細書ではその分確かに引き出され、残高も減ってるのに、お金が出てこーへんなんて・・・
ちょっと待ってよ、どないしてくれるんっ!!!!!!!!!!!!

acco、超あせりました。でも意外と冷静?
すぐさま、機械に書いてある番号に電話。オペレータに事情を説明すると、あちらのモニター上でも確かにこのATMにエラーがあることが表示されていると。

オペレータ「8時間以内に、お客様の口座にそのお金が入金されますのでご確認ください」

acco「おいおいおい、ちょっと待ってよ。そんなん信用できるはずないやーん。だって私ここに、この手に、引き出された明細書もってるんやで。もし8時間後にお金入ってなかった場合、どうやってこのインシデントをクレームしたらいいわけ?ねえ、お姉さん、それに私はもう飛行機に乗らないといけないの。お金持って帰らないといけないの。今すぐ要るの。今すぐお金入れてくれ~。なんでそれができひんねーんっ」

と訴えたのだけどダメ。しかもオペレータは、「今残高に残ってる分のみ引き出されては?」という。

もし万が一、他の人がきて操作しようとしたときに、私の〇〇〇ユーロが出てきたりしたら、怖いから私は後ろに人が並んでようがATMの前から一歩も動かなかった。断固として動かなかった。でも、後ろのおばちゃんが無理やり入ってきて操作しようとすると、Fuera de servicio(故障中)になった。

とりあえず ホっとするけど、でもそこを動けない。
「このエラーを証明するための、インシデント番号かなんかないわけ?なんか無いと私あとから何もいえなくなるやんかー。お金が出てこなかったことどうやって説明したらいいの?もし、8時間後にお金はいってなかったらどうしたらいいっていうの?あなた責任とってくれるの?とりあえずお名前教えてくださる?」なんて、ほんとすごい大きな声でまくしたてました。

だってさ、お金がもどってないなんてことはありません。なんて言われても信じられるわけないやん?だけど、ほんとに搭乗時間いっぱいいっぱいになり、これで飛行機乗り遅れるわけにもいかないので、大爆発しながら、そのまま電話でクレームしながら、搭乗口に向かい、オランダ行きの飛行機に乗ったのでした。

一緒にいたWちゃんには迷惑をかけましたね。彼女は横ではらはらしていたのですもの。だってほんとにほんとにぎりぎりまで私はそこを動こうとしなかったので・・・。せっかく二人で最後にお土産をぷらぷら見ようとしていたのに・・・ 友達RonRonにパエリア鍋つきパエリアセットも買おうと目をつけていたのに・・・(RonRonごめんなーこういういきさつで持って帰られへんかってん)何もできずに、でもとりあえず無事に離陸したのでありました。

(その後・・・)
日本に着いて、即インターネットで口座の残高チェックをしました。
そしたらなんと、その〇〇〇ユーロの出金記録も入金記録もありません。つまりそのお金全く動いてなかったのです。とりあえずホっとしましたが、ほんま痛い思いしました。
一階も二階も、つまりあの日あの時間(朝)にしてla CaixaのATMは全滅(といっても二台しかないのですが)。あの使用禁止の理由は、単にお札が足りなくなっただけだと思われます。そりゃそうですね。空港で、わざわざ入金する人なんていないでしょうから・・・。
カタルーニャであれだけ大きな顔してるんだから、それくらいのメンテナンスちゃんとやね!と怒り炸裂なaccoです。

★教訓★
「空港のATMに頼るな」
「空港でお金をおろすべからず」
「旅行前はちゃんと前もって現金をおろすべし」


(アクシデント2)
やっと到着した日本。前日3時間くらいしか寝てなかったし、飛行機内は超満員な上、暖房効きすぎて暑くて寝付けない。映画、ごはん、映画、ごはんで過ごしたacco。さすがに関空快速(空港から大阪駅までのJR)に乗った瞬間、睡魔が襲ってきました。

そして一瞬にして落ちました。
どれくらい走ったのでしょう?

はっと目が覚めたとき、目に入ってきたのはちょっと見かけない駅。
どこ、ここ?どこー?駅名をみると「堺市」

ええええええっ堺市?

関西在住の皆さん、これ全然驚くとこちゃいますよね?
ええ、そのとおり。関空から大阪までの間に堺市があるのは普通。
でも、

・1年半ぶりの帰国で土地勘にぶっていた
・思いきり寝起きで頭働いてなかった

という理由により、私の頭の中ではなぜか

堺=大阪南部→和歌山方面 

という計算式ができてしまい、え、もしかして途中で車両切り離されてそのまま和歌山方面に乗ってる?なんてわけわからんこと考えて、そのままその駅で飛び降りてしまったのです。すごいたくさんのこと考えたみたいですけど、あくまでも電車が駅で停車して出発するまでの時間ですからすごい短時間で体が反射的に動いてしまったのです。

そして、せっかく乗った「大阪駅行き」の関空快速をホームで見送り、改めて路線図をチェックすると、堺市の次は天王寺ではありませんか。ゴールの大阪駅まであと一息だったのですよ~。愕然としました。 とりあえず次きた快速にのったものの、当然、スムーズに大阪駅まで行ってくれません。 重い荷物をかかえて、天王寺で、JR環状線に乗り換え。しかも天王寺から大阪って環状線のちょうどど真ん中に位置するからどっち回りでも同じくらい時間がかかる、しかも各駅停車。大阪駅でまたホームを移動。やっと我が家に向かうJR京都線の新快速に乗った時にはもうへとへとでございました。

だいたい12時前くらいに空港におりたったのに、我が故郷の駅に降り立ったときには15時すぎてました。もう堺で降りたことが悔しくて悔しくて・・・、もう少し寝ぼけてたらそのまま乗っていられて、天王寺を見て、ほっとしてたに違いないのに・・・・

非常に疲れた帰国の旅でした。
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by acco-esp | 2008-01-18 06:34 | 2007年日本帰省